【エロス】NTRというジャンル
2019年7月11日 エロス コメント (1)NTRというジャンルが一般に認知されるようになって(いや、されてるのか?言い過ぎかw)久しいような気がしますが。私自身、NTRスキーでございます。
さて、このNTRというジャンル。定義するとすれば
【主人公が恋人や妻を他の男に(性的な意味も含めて)奪われる、いわゆる「寝取られ」の略称、隠語であるが、ビッチ萌えやエロ堕ちなどとジャンルを共有している場合も多く、その定義は曖昧である】(ニコニコ大百科より引用)
とあるように、事実あいまいなんですよ。NTRスキーはたくさんいますが、そのひとそれぞれによって受け入れるNTRのラインが異なる。「これはNTRじゃない」「これはNTRだ」というラインの違いを、私はNTR blogさんのコメントで学びました(勝手に他のまとめサイトさんの名前を出してしまいましたが、まあ大手だからいいよね!w) ちなみに私は相当幅広いNTRスキーです。世の女性が、恋人以外に痴態や恥部を見られたらそれだけでNTRに該当すると考えています。我ながら節操無しw
自分がそんなんだから、随分前にNTRについて定義化したりまとめたりするのは無意味だと考えるようになりました。10人いれば10通りのNTRがある。それでいいじゃない。受け手がNTRを感じて、それで興奮するならNTR。創作者(ないし語り手)がNTRだと思って作ったならそれがNTR。それでいいじゃない。そもそもNTRという嗜好自体が人と共有できるような真っ当なものではないので、自分の中で確立させ、まとめ上げていければいいものだろうと。だんだん年を重ねて、身の回りの友人たちも伴侶を持つようになり家族との幸せを噛みしめている。そんな状況で、「NTRっていいよね!」というのは流石に人としてどうかと思うわけで。表立って、NTRの性癖をぶちまけることも減るっちゅーわけです。
しかし、NTR好きなのは変わらない。C96で楽しみなのは
①フエタキシさんの早見さんシリーズと冬虫夏草シリーズ。
②松河さんの睡華シリーズ。
③三色網戸。さんの春乳シリーズ。
これら3つのジャンルも、ヒトによってはNTRに該当しないとなると思います。
①は、早見さんについてはそもそも恋人じゃない。また、Twitterの制作画像から、複数プレイも見られますが、それで萎える人もいる。所謂「寝取り者独占主義者」。
②これはタイプの違う3者を同時に扱っているのが上手い。友達以上両想いな恋人未満・豊満な体のシングル・彼氏持ち。
③ほぼ描写の無い旦那が亡くなってる未亡人をアリとするかどうか。
しかし最近は、嫁さんが欲しいなーと思うようにもなりました。そんな中考えます。「仮に自分が彼女や嫁さんを作ったとして、そこにNTR嗜好が生きていた場合、自分(と彼女)はどうなっていくだろうか」、と。まあ今までNTRについて自問自答を腐るほどしてきた結果、自分のNTRの根源は「独占欲」という結論に達しました。好きなものは独占したい。自分のものにしたい。そうならなかった時に、気持ちが冷めてしまう、萎えてしまう。逆に言えば、相手の好きなものを奪ったり、相手の嫌がる・悔しがることを好きなものを通して達成すれば?それは私にとって優越感となり興奮材料となる。我ながら滅茶苦茶歪んでるなあと自覚しています。だから人と分かり合えると思ってないし、分かり合えても共存できるとは思えないし、オープンにする理由も無いかなと感じている。モラルは大事ですからね。
だから、マルセイのNTR談議の回も、一吹き出し目の「NTRってさぁ」の時点でまともに読むのを辞めました。
(マルセイを知らない人へ!ぐじら鯨川りょう先生の微エロギャグマンガです。エロマッサージ回から大ファンになりました。一番好きなキャラは黒雨穢糸ちゃんです!)
が、log氏に「マルセイのNTR話どうなん?」って聞かれたので、まともに読んでみました。
https://urasunday.com/marusei/comic/86255.php
(暫くしたら見られなくなると思います。マルセイ20話です。)
これに関しては、結論より過程で出てきている各主張が大事だと思うのでそれらをピックアップしてみると
①NTRは、「繁殖をして子孫を残す」という生物としての存在意義に反しているので歪んでいる。
②不倫もプチNTRじゃない?
③→不貞や背徳感を楽しむものだから違うじゃん。
④最初に許すのは体だけ。ねちっこい責めに徐々に体まで堕ちていくのがいい。
⑤竿役…上位互換からは劣等感の刺激が。下位互換からは優越感の喪失が。
⑥NTRとは敗北感を楽しむジャンルだったんだよー!(略
⑦大事なのは「主人公への感情移入」と「ヒロインへの恋心」がいい作品としての重要なファクター。
⑧性癖としてのNTRの目覚めその1「AVの見過ぎ」・・・セックスを第三者として見過ぎたために、その視点から楽しもうとすることを考えるようになった結果。
⑨目覚めその2「折れた心の修復」・・・叶わぬ恋を、NTRという形で満たした結果。
ふむ。じゃあ順番に検証していってみましょうか。
【①NTRは、「繁殖をして子孫を残す」という生物としての存在意義に反しているので歪んでいる。】
まあその通りですよね。しかし、性癖が性的興奮からの性行為に活かされないとかどうかは、本人の努力次第なところがあります。NTR作品の中でも、「旦那がNTRでしか興奮せず、他者との性行為を告白しながらのセックスをする」というものがある。まあそうすると「いやそれはNTRじゃなくてNTL(寝取らせ)だろ」とか「前彼との性体験は、主人公と恋人同士ではなかったからそもそも寝取られじゃないよね」って話も出てくるのでまーた話がややこしくなってくるのですが。そもそもオナニーという三大欲求を満たしうる行為が人類に文化として存在する以上、そういう歪みがあっても仕方ない。同様に歪んでるものとして「ホモセックスを見てオナニーする女性」や「レズ行為を見てオナニーする男性」も挙げられるかと。なのでどちらかというと、私はNTRは「生物としての歪み」よりも「人が守るべき倫理としての歪み」を推します。他者の嫁や彼女には手を出すべきでない、そういう女性の恥部や痴態を見てはいけないという、人として守るべき常識のライン。そこを破ることに、人は興奮を覚えることがあるのですよ。犯罪者を擁護する気はないですが、やってはいけないことをすることで興奮を覚える人がいること。それはある種、生物としてのサガなのかもしれません。
【②不倫もプチNTRじゃない?】
【③→不貞や背徳感を楽しむものだから違うじゃん。】
このやり取りが、NTRというジャンルの本質だよなーと思います。最初にもいいましたが、ほんとにNTRの定義ってのは十人十色。ですが、そんな中でも共通するのは「私が興奮できるかどうか」なのです。NTRとして興奮できればそれはNTRだし、違うと思えば違う。ジャックにとって不倫はNTRだけど、他の人にはそうじゃない。でもそれでいいと思います。そもNTRというタグが入る作品自体、そのありようが多岐にわたっています。広大なNTRの海を渡り、自分に合ったNTRを探す。そうして、至高の一品にたどり着いたときの喜びは、なかなか筆舌に尽くしがたいものがありますよ。100人が100個の作品の中から、一番好きな作品を選ぶとする。99人がAという作品を選ぶ中、残り一人がBという作品を選んだ。100人で決めるランキングではAが一位かもしれませんが、その一人にとってはBという作品こそ最高。それって大事なことだと思います。
【④最初に許すのは体だけ。ねちっこい責めに徐々に体まで堕ちていくのがいい。】
これができてない作品だと、よく「ヒロインはビッチ」だの「頭弱すぎ」だの「マジカルチンポ」だの言われます。まあ私はビッチヒロインもマジカルチンポも好物なのですがw ただ、結局NTRという作品のくくりの中でもカテゴリー分けされていて、「ねちっこい責め」やら「過程を重視している」やら「寝取り男が独占」やらがあって、その中でも「ねちっこい責めで徐々に堕とされていく」のが人気上位に当たるのは事実ですね。
ここで面白いのが、さっきのジャックの主張(②)は周囲から否定されているのにこの子(すみません名前分かりません)の主張(④)は特に否定されていないところ。これが、同じNTRスキーの間でも嗜好が分かれ、そしてその嗜好でもメジャリティとマイノリティが存在していることを上手く表しているなあと感じました。
【⑤竿役…上位互換からは劣等感の刺激が。下位互換からは優越感の喪失が。】
どの竿役で興奮するか。NTRスキーの主張は「おっさんだと興奮しない」「ショタとか氏ね」と多々ありますが、相手がこちらより優れているか劣っているかという性質を持ってきて分けてるのは本質をとらえているなと感じます。私はよく(NTRってSとMのどっちだろう)と考えるのですが、
【Sである】→・竿役に感情移入して優越感を感じる。
・NTR男女が苦しむ姿に興奮する。
【Mである】→・NTR男女に自己投影して興奮する。
のどちらもあるので、人によって違うよなと思っています。
【⑥NTRとは敗北感を楽しむジャンルだったんだよー!(略】
今回のボスの主張だと「NTRはMである」ということですが、たぶんボスは「NTR」と「NTL」を別物として考えるでしょうね。
【⑦大事なのは「主人公への感情移入」と「ヒロインへの恋心」がいい作品としての重要なファクター。】
ここの描写を大事にする人は、漫画系のNTRは受け入れられない人が多いんじゃないでしょうか。せいぜい20ページそこらのエロ漫画の単話で、NTR作品を仕上げるにはどうしてもここをタンパクにせざるを得ない。だってエロ漫画はエロシーンで楽しませるのは仕事。肝心の描写が少ないのではそもそもエロ漫画として成立しない。じゃあどうするか。【A:主人公との過程描写を軽めにする】【B:話数を重ねて丁寧に描写する】のどちらかしかないです。そして【C:ひと作品のボリュームを上げる】をできているのが同人作品やエロゲ―なわけです。ただ、やっぱりAのインスタントNTRで十分楽しめる人もいれば、Bじゃないと受け入れられない人もいる。どちらも需要があるのが、今現在AタイプもBタイプも多くの作品が作られている理由でしょう。ただ、Aタイプの中でも差がつくポイントは、絵や表現の上手さやフェチ度の高さですね。それが好き勝手出来るNTR同人界は、ほんと広いです。
【⑧性癖としてのNTRの目覚めその1「AVの見過ぎ」・・・セックスを第三者として見過ぎたために、その視点から楽しもうとすることを考えるようになった結果。
【⑨目覚めその2「折れた心の修復」・・・叶わぬ恋を、NTRという形で満たした結果。】
】
ここはボスの主張なので、「そういう考えもある」程度にしか受け取ってません。そもそもNTRの目覚め方自体が各人による。どの作品でどのように灯が点いたか。NTRスキーによって違うはずなので、各々が自己分析して考えるしかない。ただ、なぜ自分がNTRが好きなのがまだハッキリとしてない紳士諸君にとっては、一つのヒントになるかもしれませんね。
僕の目覚めは、「独占欲の高さからくる、『誰かのものである女性が奪われるという、寝取られ男の独占の崩壊による絶望』から得られる興奮」です。うん、歪み切ってるわwww
というわけで、結局のところ「NTRって十人十色だよね」ということを再認識できました。ただ、NTRスキーの自己分析を聞く機会ってほぼ無いので、そういう意味では非常に意義深かったです。
さて、このNTRというジャンル。定義するとすれば
【主人公が恋人や妻を他の男に(性的な意味も含めて)奪われる、いわゆる「寝取られ」の略称、隠語であるが、ビッチ萌えやエロ堕ちなどとジャンルを共有している場合も多く、その定義は曖昧である】(ニコニコ大百科より引用)
とあるように、事実あいまいなんですよ。NTRスキーはたくさんいますが、そのひとそれぞれによって受け入れるNTRのラインが異なる。「これはNTRじゃない」「これはNTRだ」というラインの違いを、私はNTR blogさんのコメントで学びました(勝手に他のまとめサイトさんの名前を出してしまいましたが、まあ大手だからいいよね!w) ちなみに私は相当幅広いNTRスキーです。世の女性が、恋人以外に痴態や恥部を見られたらそれだけでNTRに該当すると考えています。我ながら節操無しw
自分がそんなんだから、随分前にNTRについて定義化したりまとめたりするのは無意味だと考えるようになりました。10人いれば10通りのNTRがある。それでいいじゃない。受け手がNTRを感じて、それで興奮するならNTR。創作者(ないし語り手)がNTRだと思って作ったならそれがNTR。それでいいじゃない。そもそもNTRという嗜好自体が人と共有できるような真っ当なものではないので、自分の中で確立させ、まとめ上げていければいいものだろうと。だんだん年を重ねて、身の回りの友人たちも伴侶を持つようになり家族との幸せを噛みしめている。そんな状況で、「NTRっていいよね!」というのは流石に人としてどうかと思うわけで。表立って、NTRの性癖をぶちまけることも減るっちゅーわけです。
しかし、NTR好きなのは変わらない。C96で楽しみなのは
①フエタキシさんの早見さんシリーズと冬虫夏草シリーズ。
②松河さんの睡華シリーズ。
③三色網戸。さんの春乳シリーズ。
これら3つのジャンルも、ヒトによってはNTRに該当しないとなると思います。
①は、早見さんについてはそもそも恋人じゃない。また、Twitterの制作画像から、複数プレイも見られますが、それで萎える人もいる。所謂「寝取り者独占主義者」。
②これはタイプの違う3者を同時に扱っているのが上手い。友達以上両想いな恋人未満・豊満な体のシングル・彼氏持ち。
③ほぼ描写の無い旦那が亡くなってる未亡人をアリとするかどうか。
しかし最近は、嫁さんが欲しいなーと思うようにもなりました。そんな中考えます。「仮に自分が彼女や嫁さんを作ったとして、そこにNTR嗜好が生きていた場合、自分(と彼女)はどうなっていくだろうか」、と。まあ今までNTRについて自問自答を腐るほどしてきた結果、自分のNTRの根源は「独占欲」という結論に達しました。好きなものは独占したい。自分のものにしたい。そうならなかった時に、気持ちが冷めてしまう、萎えてしまう。逆に言えば、相手の好きなものを奪ったり、相手の嫌がる・悔しがることを好きなものを通して達成すれば?それは私にとって優越感となり興奮材料となる。我ながら滅茶苦茶歪んでるなあと自覚しています。だから人と分かり合えると思ってないし、分かり合えても共存できるとは思えないし、オープンにする理由も無いかなと感じている。モラルは大事ですからね。
だから、マルセイのNTR談議の回も、一吹き出し目の「NTRってさぁ」の時点でまともに読むのを辞めました。
(マルセイを知らない人へ!
が、log氏に「マルセイのNTR話どうなん?」って聞かれたので、まともに読んでみました。
https://urasunday.com/marusei/comic/86255.php
(暫くしたら見られなくなると思います。マルセイ20話です。)
これに関しては、結論より過程で出てきている各主張が大事だと思うのでそれらをピックアップしてみると
①NTRは、「繁殖をして子孫を残す」という生物としての存在意義に反しているので歪んでいる。
②不倫もプチNTRじゃない?
③→不貞や背徳感を楽しむものだから違うじゃん。
④最初に許すのは体だけ。ねちっこい責めに徐々に体まで堕ちていくのがいい。
⑤竿役…上位互換からは劣等感の刺激が。下位互換からは優越感の喪失が。
⑥NTRとは敗北感を楽しむジャンルだったんだよー!(略
⑦大事なのは「主人公への感情移入」と「ヒロインへの恋心」がいい作品としての重要なファクター。
⑧性癖としてのNTRの目覚めその1「AVの見過ぎ」・・・セックスを第三者として見過ぎたために、その視点から楽しもうとすることを考えるようになった結果。
⑨目覚めその2「折れた心の修復」・・・叶わぬ恋を、NTRという形で満たした結果。
ふむ。じゃあ順番に検証していってみましょうか。
【①NTRは、「繁殖をして子孫を残す」という生物としての存在意義に反しているので歪んでいる。】
まあその通りですよね。しかし、性癖が性的興奮からの性行為に活かされないとかどうかは、本人の努力次第なところがあります。NTR作品の中でも、「旦那がNTRでしか興奮せず、他者との性行為を告白しながらのセックスをする」というものがある。まあそうすると「いやそれはNTRじゃなくてNTL(寝取らせ)だろ」とか「前彼との性体験は、主人公と恋人同士ではなかったからそもそも寝取られじゃないよね」って話も出てくるのでまーた話がややこしくなってくるのですが。そもそもオナニーという三大欲求を満たしうる行為が人類に文化として存在する以上、そういう歪みがあっても仕方ない。同様に歪んでるものとして「ホモセックスを見てオナニーする女性」や「レズ行為を見てオナニーする男性」も挙げられるかと。なのでどちらかというと、私はNTRは「生物としての歪み」よりも「人が守るべき倫理としての歪み」を推します。他者の嫁や彼女には手を出すべきでない、そういう女性の恥部や痴態を見てはいけないという、人として守るべき常識のライン。そこを破ることに、人は興奮を覚えることがあるのですよ。犯罪者を擁護する気はないですが、やってはいけないことをすることで興奮を覚える人がいること。それはある種、生物としてのサガなのかもしれません。
【②不倫もプチNTRじゃない?】
【③→不貞や背徳感を楽しむものだから違うじゃん。】
このやり取りが、NTRというジャンルの本質だよなーと思います。最初にもいいましたが、ほんとにNTRの定義ってのは十人十色。ですが、そんな中でも共通するのは「私が興奮できるかどうか」なのです。NTRとして興奮できればそれはNTRだし、違うと思えば違う。ジャックにとって不倫はNTRだけど、他の人にはそうじゃない。でもそれでいいと思います。そもNTRというタグが入る作品自体、そのありようが多岐にわたっています。広大なNTRの海を渡り、自分に合ったNTRを探す。そうして、至高の一品にたどり着いたときの喜びは、なかなか筆舌に尽くしがたいものがありますよ。100人が100個の作品の中から、一番好きな作品を選ぶとする。99人がAという作品を選ぶ中、残り一人がBという作品を選んだ。100人で決めるランキングではAが一位かもしれませんが、その一人にとってはBという作品こそ最高。それって大事なことだと思います。
【④最初に許すのは体だけ。ねちっこい責めに徐々に体まで堕ちていくのがいい。】
これができてない作品だと、よく「ヒロインはビッチ」だの「頭弱すぎ」だの「マジカルチンポ」だの言われます。まあ私はビッチヒロインもマジカルチンポも好物なのですがw ただ、結局NTRという作品のくくりの中でもカテゴリー分けされていて、「ねちっこい責め」やら「過程を重視している」やら「寝取り男が独占」やらがあって、その中でも「ねちっこい責めで徐々に堕とされていく」のが人気上位に当たるのは事実ですね。
ここで面白いのが、さっきのジャックの主張(②)は周囲から否定されているのにこの子(すみません名前分かりません)の主張(④)は特に否定されていないところ。これが、同じNTRスキーの間でも嗜好が分かれ、そしてその嗜好でもメジャリティとマイノリティが存在していることを上手く表しているなあと感じました。
【⑤竿役…上位互換からは劣等感の刺激が。下位互換からは優越感の喪失が。】
どの竿役で興奮するか。NTRスキーの主張は「おっさんだと興奮しない」「ショタとか氏ね」と多々ありますが、相手がこちらより優れているか劣っているかという性質を持ってきて分けてるのは本質をとらえているなと感じます。私はよく(NTRってSとMのどっちだろう)と考えるのですが、
【Sである】→・竿役に感情移入して優越感を感じる。
・NTR男女が苦しむ姿に興奮する。
【Mである】→・NTR男女に自己投影して興奮する。
のどちらもあるので、人によって違うよなと思っています。
【⑥NTRとは敗北感を楽しむジャンルだったんだよー!(略】
今回のボスの主張だと「NTRはMである」ということですが、たぶんボスは「NTR」と「NTL」を別物として考えるでしょうね。
【⑦大事なのは「主人公への感情移入」と「ヒロインへの恋心」がいい作品としての重要なファクター。】
ここの描写を大事にする人は、漫画系のNTRは受け入れられない人が多いんじゃないでしょうか。せいぜい20ページそこらのエロ漫画の単話で、NTR作品を仕上げるにはどうしてもここをタンパクにせざるを得ない。だってエロ漫画はエロシーンで楽しませるのは仕事。肝心の描写が少ないのではそもそもエロ漫画として成立しない。じゃあどうするか。【A:主人公との過程描写を軽めにする】【B:話数を重ねて丁寧に描写する】のどちらかしかないです。そして【C:ひと作品のボリュームを上げる】をできているのが同人作品やエロゲ―なわけです。ただ、やっぱりAのインスタントNTRで十分楽しめる人もいれば、Bじゃないと受け入れられない人もいる。どちらも需要があるのが、今現在AタイプもBタイプも多くの作品が作られている理由でしょう。ただ、Aタイプの中でも差がつくポイントは、絵や表現の上手さやフェチ度の高さですね。それが好き勝手出来るNTR同人界は、ほんと広いです。
【⑧性癖としてのNTRの目覚めその1「AVの見過ぎ」・・・セックスを第三者として見過ぎたために、その視点から楽しもうとすることを考えるようになった結果。
【⑨目覚めその2「折れた心の修復」・・・叶わぬ恋を、NTRという形で満たした結果。】
】
ここはボスの主張なので、「そういう考えもある」程度にしか受け取ってません。そもそもNTRの目覚め方自体が各人による。どの作品でどのように灯が点いたか。NTRスキーによって違うはずなので、各々が自己分析して考えるしかない。ただ、なぜ自分がNTRが好きなのがまだハッキリとしてない紳士諸君にとっては、一つのヒントになるかもしれませんね。
僕の目覚めは、「独占欲の高さからくる、『誰かのものである女性が奪われるという、寝取られ男の独占の崩壊による絶望』から得られる興奮」です。うん、歪み切ってるわwww
というわけで、結局のところ「NTRって十人十色だよね」ということを再認識できました。ただ、NTRスキーの自己分析を聞く機会ってほぼ無いので、そういう意味では非常に意義深かったです。
コメント
が本質なので
性欲に溺れちゃう主人公以外はどうでも